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目が悪いと危険レーシック(LASIK)の歴史
近視の手術は古代エジプトのころから行われ
18世紀には既に水晶体摘出による近視治療が行われていました
その後、多くの研究が行われ、現在のレーシックに至りました。
1940年代に順天堂医科大学の佐藤勤教授が
佐藤式RK(放射状角膜切開手術)を
世界に先駆けて臨床応用しました。
1973年、ソ連モスクワの顕微手術眼科研究所の所長
フィヨドロフ博士が
角膜前面のみから切開すれば
安全な近視矯正が可能なことを発見しました。
佐藤教授の治療法を発展させたこの前面切開法は
RK(放射状角膜切開術)と名付けられました。
翌年の1974年にはフィヨドロフ博士により
角膜の辺縁に顕微鏡を見ながら4〜8本の
放射線状にメスを入れるRK(放射状角膜切開手術)
という治療法で多くの手術が行われました
約400万件の症例が有り失明などの重大な後遺症は
報告されていない安全な手術法です。
この歴史的な近視手術の成功は
世界の眼科医に衝撃を与えました。
ロシア(旧ソ連)国内だけで無くヨーロッパをはじめ
アメリカでもはたちまち評判になり
その後、アメリカの眼科医が大挙してロシアに渡り
RKについて学びました。
フィヨドロフ博士のもとで手術方法を学んだ
アメリカのレオ・ボアース博士は
1978年デトロイトでアメリカ初のRKを行いました。
ボアース医師以外にも100名余りの米眼科医が
フィヨドロフ博士の門を叩きました。
今日、米国で年間50万例のレーシック(LASIK)をはじめとする
屈折矯正手術が行われている現実はRKによって培われたのです。
このRKは、世界で三百万人へ手術が行われ
特にロシア(旧ソ連)の軍人に対して多く実施され
実績を残しました
しかしRK手術は軽度から中度の近視に有効で
強度の近視や乱視を矯正するのが難しいケースがあり
手術後に痛みを伴うことや矯正の制度があまり高くないこと、
角膜の強度が弱くなることレーシックの普及などにより
現在ではほとんど行われなくなりました。
PRK
PRKは角膜上皮を取り除き
ボーマン膜の上からエキシマレーザーを照射し
角膜の屈折率を変化させる術式です
1975年にエキシマレーザーが開発され
コンピューター技術の導入により
PRK(Photo Refractive Keratectomy)
と呼ばれる手術法が確立しました
PRKはRKに比べて精度も高く手術時間が短く済む
というメリットがあり
1988年アメリカでPRK手術が開始されました
しかし術後の痛みがある、
視力回復まで時間がかかるので利益率が下がるなどの
理由があり現在日本ではあまり行われていませんが
フラップを作らない為眼球を固定する必要が無い
術後フラップのずれが無いなど
安全性はレーシックよりも高くヨーロッパでは
レーシックとPRKの症例数が逆転しつつあります
角膜上皮の再生に伴う角膜混濁は
時間の経過と共になくなります
日本の厚生労働省が認めているのはPRKのみで
レーシックは認められていません
レーシック
1990年ギリシャではじめてレーシック手術が行われました
アメリカでは1995年頃からこの手術が普及し
すでに毎年100万件以上の手術が行われ
近視人口の1割にまで普及しています。
日本では
1998年に厚生省がエキシマレーザー使用認可
2000年には近視治療によるエキシマレーザーの使用認可がされました
(レーシック手術自体が認められた訳では有りません)
前述の佐藤式RKの失敗や「手術は最後の手段であるべき」
という考え方が医学会に根強くあり
2004年の時点でも年間5万人程度のレーシック(LASIK)手術が
行われているにすぎません
日本ではまだまだレーシックに対する理解が乏しいようです。
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